空の箱舟

顔を上げて空を見てみよう。 かなりコワレてル四季の写真と日記やサッカー観戦、日々のニュースに関する考えなど、いろいろなことを書いてます。

自己分析

今日は隊長邸で某嬢さんにマッサージをしていただきました。
そのおかげでかなり冷静な状態です。
だから、いまから自分の現在の状態を書こうと思います。

病名は自律神経失調症。
事の始まりは7年前、父の死から始まりました。
ありふれていますがある意味特殊な交通事故での死だったので、刑事裁判・民事裁判がありました。
そして母と一緒に、イロイロな人たちに支援してもらいながら闘いました。
そのときからのストレスが積もりに積もっていた状態で、新しい会社で三ヶ月、仕事もろくに教えてもらえず、同じ班の同僚は自分のした失敗を俺の所為にしたりして、怒鳴られまくりました。
自分の未熟さで、別の同僚を危険な目にもあわせました。
会社のお偉いさんに喧嘩を売られたこともあります。
そしてまたストレスが積もったところで、いつも怒鳴っていた同僚が、失敗した責任を押し付けた挙句、「おれはお前を助けるつもりはまったく無い」と発言したところで、精神の糸がプツリと切れました。
上司には何回も相談していたのですが、「まだキレるな」と言われていたので我慢していたのです。
だから耐えてきたのに、キレる事も出来ずに精神の糸が先に切れてしまいました。(苦笑)
家へ着いて、ご飯を食べ、今日あったことを母に告げた後、意識が途切れました。
その後、何がおこったのかわかりません。
自分が何をしたかも記憶にほとんど残ってません。
残ってるのは、独特の鉄の匂いと母の声だけです。
飛び飛びでかすかに残ってる記憶は、病院での耳障りな子供の大声。
すべての音が頭に響き、苦痛でした。
心療内科で医師の前で大泣きした事は覚えてます。
初めの一週間くらいの記憶はそれくらいです。
ご飯を食べたかもわかりません。
起きていたか、寝ていたかもわかりません。

だから、隊長が何故俺の状態がわかったのか不思議です。
弟が言ったのかな?
よく覚えてません。

その後の記憶は隊長と青年Yちゃんが家にお見舞いに所からです。
隊長とYちゃんの顔を見て、ホッとして泣きそうになったのを覚えてます。

ああ、ブログに少しだけ状態が書いてありますね。
その頃は夜もほとんど寝ているかわからない状態でした。

で、毎週、隊長が誰かを連れてお見舞いに来てくれました。
そのおかげで、回復は加速していたと思います。

転機はヒロミちゃんが来て、某嬢さんと知り合ったところからですかね。
ヒロミちゃんにはプールを、某嬢さんにはマッサージをしてもらうようになりました。
気分転換になり、具合も良くなるんです。
次の日、↓になり酷く落ち込むこともありますが、治癒反応ででたほうがイイらしいです。

で、その頃からキャプテンにも連れ出してもらうようになりました。

そして、心療内科と併用して東洋医学の病院にも通うようになりました。

で現在に至ります。
ここから現在の症状です。

鬱状態は相変わらず酷いです。
特に予定の無い日は。
ま、予定があっても、予定の時間まで鬱が酷いときもあります。
今日なんかそうでした。
それに伴い、イライラもひどく表れます。

車を運転することが出来ません。
対向車が怖くてです。
父を交通事故で亡くしていて、その影響からだと考えられます。

対人恐怖症も発症しました。
女性は比較的大丈夫なのですが、男性に対してがひどく表れます。
普通の声が聞こえるだけで萎縮してしまいます。
怒鳴られ続けたからもあるし、父の事故で人間不信に陥ってたのに拍車がかかったようです。
それに伴いパニック症も発症しています。

不眠症もあります。
これは慢性的になっていました。
誘睡眠薬を飲んでます。

感情もはじめの頃は失ってたように思います。
現在もまだ乏しいはずです。

あと、自律神経失調症になって一つわかったことがあります。
特殊な状況下でですが耳が聞こえなくなるんです。
普通の生活するには問題ありませんし、検査にも引っかかりません。
特別に検査すればそれがわかると思います。
ま、しようと思いませんが。


こんなところですかね。
ま、ゆっくりまったり治すことにします。
焦ってもしかたないと割り切りました。
それで会社をクビになったとしても、その時考えることにしました。
俺の祖母がこの前、老人ホームの事をしきりに言うヘルパーに対して怒鳴りました。
「起こってもない事を今から考えてどうする、起こったときに考えればいいんだ」
うちのばぁちゃん、強いわ。(笑)
自己分析…の続きを読む
別窓 | 日記 | コメント:7 | トラックバック:0
∧top | under∨
| 空の箱舟 |